「文章を書く」ということが今の時代一番稼げるんじゃないかってお話。
2024年のエッセイを実験的に配信してみてます。いま思うとめちゃくちゃ悩んでたなぁっていうのもありつつ、でもだからこそ届くものもあるかなと。
「やまださんの文章って、『評価/文字数』世界最弱なんちゃいます?」
そんな友人の一言から始まる飲み会。ぐぬぬって思ったけど、彼が「本当はもっと評価されていいはずなのに」って思っていると善意解釈しつつ自分を落ち着け、ちょっと考えてみた。たしかにーって思う部分が半分。いやもうちょっと広い目で見ると一気に最強になるのでは?というのが半分。今日はそんなお話。
まず、前提として今僕は毎日4000〜5000字ほど書いてます。これは月にすると約10万字。だいたい文庫本、新書一冊分ですね。おお、結構書いてますね。すごい。ただ10年ほど書いてて今が一番書きやすいです。昔は1000字書くのに苦労しててその時の労力の1/100くらいで書けてますね。今の形だと。
で、これも一応自分の中で整理できてて、簡単に言うと「文章術で言われるような書き方をやめた」です。たとえば、「構成が9割、書くが1割」みたいなやつとか昔はその通りやって見てました。そうすると、わかりやすく読んでもらうためには、、などと考え、ストレートにストンと腹落ちするような構成を考え、あとはそれをざーっと書くみたいな。これだと頭を捻らせている時間が本当に99%とかなんですよ。「伝えたいことを明確にする」とかも同じジャンルですね。あくまで読まれる文章を書く方法としての指南。正しいとは思うんですが、そんな文章巷に溢れまくってます。それこそ一番AIに取って代わられる文章かと。そんな文章僕はもういらないです。
もう一つは、「バズらす文章もやめた」ですかね。上記と似てるんですが、こちらある程度型があるんですよ。キャッチーな見出し、読みたくなる冒頭、自分が何者かを示した上で、一発で内容が頭に入る論理構成、思わず誰かに言いたくなる余韻のある締め方、みたいなやつ。これはこれで大事なことなのでバズりたいーって方は研究すればいいと思うのですが、今の僕にはいらないですね。10年もネットに文章を書いていると数十万とか場合によっては100万超える人に読んでもらえることがあるんですが、それで嬉しいのは3日くらいなんで、まぁそれを狙っても充実とか幸せとかとは全然関係ないなと。
まー読まれると嬉しいのは嬉しいんですけど、それよりも「書きたいことを書けている」という、ただ書くってのが最高なので、それに比べたら読まれる文章を書くとか、バズるとかはどうでもいいことです。そんな10年でたどり着いた境地。ここまでが大前提。
んで、月に文庫本一冊分の文章を書き続けていて、僕がいくら稼いでいるのか?そうです0円です。〇円じゃなくて、ゼロです。何も産んでいない。経済的価値が全くありません。『評価/文字数』の指標に合わせると、『0円/100,000字=0』です。合わせる必要もないんですが、ゼロはゼロです。
じゃーお前の書く文章に何の価値もないのか?と言われるとちょっとだけ違うかなと。経済的価値以外の話じゃなくて、経済的価値に絞っても違うような気がしてます。
説明すると、まー僕のnoteは大体全部無料で読めます。そして読んでくれた人をこちらでは特定できません。今目の前にいる人が読んでる人なのか読んでない人なのか全くわかりません。恐怖です。何をどこまで話せばいいのか。こちらが初見のおもしろい話として出したものは、彼女にとっては何度も見たことある僕の鉄板ネタを擦っているように感じてるのかもしれません。怖い。すごく怖い。
んですが、まーそれは置いておいて、すごくわかりやすいところでいうと、僕はVCという仕事をしています。この仕事は超簡単に説明すると、お金を集めて、お金を投資する仕事です。だから、「お金を集めること」が割と重要な仕事になったりしてます。いろんな人にお会いして「お金出してください!」みたいなのをやるって感じですね(詳しく知りたい方はこちらをどうぞ)。
そしてちょっと詳細はそのまま書けないんですが、端的に「note読んでるよ!めちゃいいね!2000万円出すよ!」みたいなのがあります。もちろんこのままストレートになるわけではなく、その他諸々いろんな要素がこれに加わったり差し引かれたりするんですが、これ経済的効果出してません?誤解を恐れずに言えば、「文章書くだけで2000万円ゲット」です。やばくないですか?
僕のnoteを有料にして、月額500円で読めるようにしたとしましょう。今の僕の力だと、入ってくれても30人です。それも相当頑張って。まー全力を出して100人だとしましょう。これはすごいことです。達成できたら間違いなく泣いてしまうくらいの快挙。多分吐きます。咽び泣きます。お金を払ってでも読んでくれる人がいるなんて、書き手として凄まじい喜びです。
でも、月5万円です。決して少ない額ではないです。毎月こんなに入ってきたら嬉しすぎます。だけど、上記の2000万円を失って手に入れたと思うと、とてつもないマイナスといえます。有料にしていたら、きっとさっきの2000万出すよの人はnoteを読んでくれてなかったでしょう。僕は本当にその2000万円を失ってでも、月5万円を手に入れたいのでしょうか?
また、VCの仕事は「お金を投資すること」も大切な仕事です。ここ感覚分かりにくいかもしれないですが、スタートアップのような企業にお金を出させてもらうってのはそこそこ難しいんです。なぜなら彼ら彼女らが選ぶ立場だから。だって自分たちが成功したら、投資してくれた人たちは何倍も経済的リターンを得られるんで、だったら自分たちの成功に資する投資家に投資して欲しいよねってなるわけです。で、僕らは特に何らの支援もできない弱小VCで、本来なら入れる動機はほぼないわけです。もちろんさまざまな工夫や実行によってそこは変えていってるんですが、文章を書いていることでバフ(さまざまな能力や活動の強化効果)がかかっている気がします。この人たちからなら投資を受けてもいいな、いやむしろ受けたい!みたいなのが生まれているのを感じます。
これは「お金を投資する先をみつける」「投資する」って業務を行う人が専属で必要なくらいの仕事だったりするんですが、とすれば文章を書くことでその人の人件費分くらいは稼いでいると言えるのかもしれません。もっというと、文章を書くことにより投資先が見つかり、投資を実行し、そのスタートアップが大成功して、1000万円投資したものが100倍になったとしたら、文章を書いてたおかげで9億9000万円です。これも誤解恐れずにいえば「文章を書くだけで9億9000万円ゲット」です。やばくないですか?
後者はまだ実現してないですが、こういう可能性の塊みたいなのが増え続けていっているのです。ここまでは経済的効果に絞って書きましたが、社会関係資本みたいなところまで広げると「ただ書く」というの凄まじい効果を発揮しています。
たとえば、僕のnoteを読んでインターンすることを決めたといってくれた子。彼女が一緒に働いてくれた3年間で、何度も会社の窮地を救ってもらいました。常に笑顔でチャレンジを一緒にしてくれる彼女との出会いはお金に換算するのも勿体無いくらい僕の人生を豊かにしてくれました。これ文章書いてなかったら生まれてなかったと思うと恐怖です。書いててよかった〜。。
他にも難しいチャレンジをする時、出会えて、道中を一緒に歩んでくれてる人たちとの出会いははじめテキストだったりします。そしておそらくは無料で公開していなければ、これらの出会いは生まれてなかったのでしょう。あっぶね。
10年も書いてると、有名な人の浮き沈みとかいっぱい見ます。当時書いてて、今も書いてる人ってどのくらいいるんでしょうね?寂しいです。もちろん環境的要因もあります。昔あけっぴろげに書いてたことが、叩かれ、批判され、中傷される。そりゃ書きづらいですよ。みんながクローズドな場所に移動しているのも分かります。僕だって嫌ですよ、変なリプ飛んでくるの。
でもちょっといいなって今の流れもあって、YouTubeやTikTokのおかげで、人は映像メディアに移行しています。多分今テキストで有名な人教えて?って言っても誰も浮かばないけど、YouTubeなら?だといっぱい思い浮かぶ人が多いと思います。だから(というとちょっとだけ語弊あるけど)、誹謗中傷みたいなのの主戦場は映像メディアに移行してますね。もちろんX的なところでもありますが、なんかあれは揚げ足取り系なんで、例えば見た映像の批判とかしている感じです。つまり何が言いたいかと言うと、文章って読むのに体力とか一定の知性みたいなのが必要で、最近ちゃんと文章読んでる人ってそれらが揃っている人が多いので、居心地良くなりつつあるんですよ、文章界隈。誤解を恐れずに言っちゃうと「文章を読む人の中から、変な人が消えました」(これでもだいぶマイルド。察してください)。
そしてテキストの情報圧縮率、伝達効率、スピードは動画の比じゃないので、テキストがこの地球からなくなることはありません。絶対です。これは絶対。とすると、速く情報を得たい人、脳内で情報の圧縮を解凍できる人、そういう一般的には社会的なインパクトを残しやすいと言われる人たちのみがテキストに群がる世界になっていきます。これは選民的なことが言いたいわけではなく、そういう構造的なパワーがテキストにはあるよってことです(別にインパクトなんて出さなくてもいいわけです、幸せなら。そこんとこ誤解されると辛いので一応)。
ちょっと極論ですが、「文章を書く」というのが、今後「最も稼げる仕事」と言ってもいいのかもしれません。この観点で今まで書いてきたことを振り返ってみると、思った以上に多くのものを手に入れてると思います。そういうことです。文章は稼げるんです。
(締めがこの言葉でいいのか、、などは悩みましたが、まぁ事実だからいいんじゃないかってのと、品がないなーってのと、でもあえてその表現することが知性なのではないか?ってのと、誰もお前の知性なんて気にしてないよってのと、まぁ書きたかったから仕方ないかってので、小一時間経過してました。おしまい)
ぼくが文章を書いてることを知っていちばん受ける相談は、「書いてて辛くなりました」「好きだったはずなのに書くことなくなってしまいました」みたいなものです。そういう人のために「孤独な執筆を終わらせるAI」つくりました。よければ。
