書くだけでお金を得られるのか?そして得たいのか?
べつに文章を書くのは得意ではない。
そりゃさすがにこれだけ書いてたら磨かれてきたものもあるだろうけど、そんなもの日々勝手にやってしまう「内省」に比べれば誤差。そういう特性というだけ。元々このくらい毎日考えてた。主にぐだぐだとなんにもならないことだけを。それを全部書いてやれ!くらいで書いてるのがこちらになります。
ということはですね、これ内省が得意というか、勝手に小さいことでぐだぐだ考えちゃう人は同じことできるはずなんですよ。そのぐだぐだを書いちゃえばいい。もちろんいきなりは難しくて、最初は紙に手書きで書くところから始めるのがいい。文章の形にならなくてもいい。ぐちゃっとした感情を表す図形だったり、意味のわからないは波線とかも自由に。タイピングより手書きの方がまだまだ自分の考えてることをそのまま表現できる。で、それに慣れたらなんとなくそのぐちゃぐちゃの図形ってなんだ?みたいに考えて、自分の中で一番近い言葉を当てはめる。ちょっと違和感あるだろうけど、一旦はそれでok。そういうのが進んでくると、タイピングで文章という形でもそこができるようになり、今の僕みたいな表現方法になる。これがしたいかどうかはともかく。
だからこれは、本当に自然な行動なんですよ。みんながコンビニに買い物に行くくらいふらっとPCの前に座り、ただそこで呼吸するようにタイピングする。書いてる間は他のこと考えないし、筆が止まることも基本的にはない。止まったらやめ時なのでやめるだけ。てか、タイピング、筆、書く、みたいな現代の書くことに関するごちゃ混ぜ感いいですね。タイピングを置く、とかも使ってみたい。
まー何が言いたいかと言いますと、内省して苦しいくらいなら、全部書いちゃえば?ということです。すっきりすることが目標ならそれでもう目標達成。すばらしい。ただ、せっかくこれが息を吐くように自然なことならこれで生活できる方がいいって考えるのもわかります。僕も考えます。
現代における文章ってすごく溢れてて、今までだと見つけられなかった文才がXやnoteなどのプラットフォームにより発見されてます。いや、発見されすぎてる、といえるのかもしれない。ということは、今まで専業の物書きとして仕事ができていた人たちの、トップ層をのぞいて仕事が減っているはずです。もちろんnoteによるマネタイズとかも充実してきてるので、また新たにお金になることは生まれてると思うんですが、それでも今までだと継続的に仕事が得られてた人が簡単にスイッチされる世界にはなってきてるなと。適切な競争、と考えるとまぁいいんですが、より不安定になってしまうことによる実験の減少と考えると少し寂しいかなと。
僕いま月に10万字書いてるという異常な書き手になってて、自慢するわけでもなんでもないんですが、これだけ書いてる人は中々いないんじゃないですかね。そして、弁護士で、起業家で、VCでって言ったら、多分世界で僕だけです。いぇあ。
ただ、そんな僕が文章で稼いでないっていうのは「みんな文章書こうぜ!」というのをちょっとだけ躊躇させます。いや、厳密な意味ではめちゃくちゃ稼いでるんですよ。この辺にも書きましたが、多くのお金が生まれてます。ただまぁ「文章で稼ぐ」ってのでそのままイメージする稼ぎ方ではないんでしょう、はい。これを文章で稼いでるっていうのはズルいと言えばズルい。
基本的な哲学としては、文章そのもので稼ぐと、一文字一円とかそういう世界に突入してしまうので、やめたほうがいい、です。今自分が他に仕事をしているならそこと絡めることでその文章を書く力は何倍にも跳ね上がります。だったらそっちを目指した方が良くない?、です。これは変わらない。
だけど、これだけ書いてて、かつ、「書くの楽しいよ!」って言ってる身としてはもう少し文章のマネタイズに挑戦してもいいのではないか、そんなことを考えてたりします。これは書く内容を変えるってことではないです。書くこと自体は今のまま、というかこれを崩しちゃったら楽しくないし、月に10万字も絶対書けません。なのでそれは変えない。変えるのはマーケティングだけ。これは絶対。何度もその辺りでウロウロした結果、ようやく辿り着いた僕の真理。
誤解しないでほしいのは、文才とか文章の質とかそういう話を一切していないことです。誰かを感動させる文章とか、そういう時代と握手するような才能というやつは多分ないんでしょう。悲しいかな。そういうのを書いてみたいって気持ちはあるけど、でもそれよりもこの朝の「ただ書く」がすっごく大事で無くしたくないから、天秤にかけるとって感じ。両方取れるなら取りに行くけどね!
であるならば、で、あるならば、です。
このままの「ただ書く」で、モノを売る力だけでマネタイズが可能か?にチャレンジするということです。やるなら。そしてこれは残念なお知らせなんですが、モノを売るの向いてない。すっごく向いてない。自分の仕事を鑑みても全然向いてない。なんとなく大きいお金のところにいるから、お金ありそうに見えるけど、一つ一つでみるとごそっとそこの能力が欠けてる。向いてないと言ったけど、これはプライドが邪魔してただけで正直にいうと、下手、ということ。つらい、向き合うの。向いてないから!って強がっておきたかった。
まーそんなこと言ってても始まらないんで、やるなら何からやるんでしょうね?文章がバズって書籍化!みたいなやつは狙えないわけですよ、そういう文章を書いてないから。そこが制約条件。時代に合わせた文章を踏ん張ればもしかしたら書けるかもしれないですが、それはとことんしんどいのでやりたくない。ということはそっちのルートは全滅です。
であれば、僕が別のことで有名になるとかですかね?芸能人のエッセイ本のように、その人だから買うという動機をつくる。んんんん、それはもちろんなれたら嬉しいけど、それはそれで特別な才能が必要な気がする。なので、ワンチャン狙いつつも注力ポイントにしない、ってのがよさそう。
メンバーシップはどうだろう?
いま、ただ推してくれるなんのリターンもないメンバーシップに50名以上の人が入ってくれてる。最高です。本当にこの人たちの顔を日々想像してにやにやしてます。ほんといつもありがとうございます。活力もらってます。
そちらの人数を増やしてくってのがいいのかしら?
増えたら嬉しい。その人たちのために書いてるってなると筆が進まなくなっちゃうからそれはしないけど、こういった文章をこれからも書き続けてほしいって思ってくれる人が入ってくれるならそれはとても幸せなこと。うん、ぼく個人の幸せだけ考えるとメンバーシップの人数が増えていくのとてもよい。
ただこれ金銭的なところで考えると、相当な数の人に入ってもらわないと生活できない。お金受け取るの下手くそだった。他の人に結構「まず、お金受け取るの上手くなろう!」って言ってるのに。恥ずかしいぜ。
他にも、誰かイケてる編集者さんに今書いてるものを完全に好きにアレンジしてもらって書籍にして出版してもらうとかが思いつくところだけど、結構偶然の要素が大きい。無理にこちらからアプローチすると、このただ書くってのとは別の書かなきゃいけないことが生まれてくる。これは編集さんがどうこうじゃなくて、自分の性格的に絶対そうなるって要素の方が大きい。
と、ここまで考えた上で結局「仕事と絡めた方が…」と逃げそうになってるんですが、まだもうちょっと何か見つけるために頭を絞ってみようかなと思いました。いますっごく楽しいけど、もしかしたらそれは常にチャレンジできること、未来の自分が今より良くなってると信じられることあたりに理由があるんじゃないかなーとこういうゼロイチを考えてるとよく思います。やるかー。
ぼくが文章を書いてることを知っていちばん受ける相談は、「書いてて辛くなりました」「好きだったはずなのに書くことなくなってしまいました」みたいなものです。そういう人のために「孤独な執筆を終わらせるAI」つくりました。よければ。
